ヤリチンやビッチが不特定多数の異性と交わるのは「異性にモテる自分」が好きだから

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ヤリチンやビッチは「異性にモテる自分」が好きだから、たくさんの異性と関わりを持ちたいんだと思う。

ぼくがそれに気づいたのは、pairsで出会った女の子とBOY MEETS GIRLしているときだった。

 

恋愛に興じる男女が一番興奮するのは、行為が始まる前の「やる」「やらない」のつばぜり合いだ。

ぼく自身、「朝まで一緒にいたい。」と渇望しつつも、下心を表に出さないよう駆け引きをして、異性からどうにかOKをもらう。

OKをもらったその瞬間、朝までコースが確定した瞬間が興奮のピークなのである。

 

 

いざお持ち帰りしても、あんまり興奮しない

しかし、いざBOY MEETS GIRLが始まると、さっきの駆け引きの時に感じていたような高鳴る鼓動は感じられない。

いきり立つI'm proudとは裏腹に、実は萎えているぼくのsweet heart。

萎えきったハートをごまかすかのように、上下運動を推進するがやはり盛り上がらない。

むしろ段々「なんでお持ち帰りしたんだろう?」と元も子もないことを考えたりする。

まだ絶頂を迎えてないのに、すでに賢者モード。

 

───あれほど、ぼくはお持ち帰りを望んでいたのにどうして?

今まで、ぼくは異性と「一緒にいたい」「一戦交えたい」という思いでお持ち帰り交渉をしてきたつもりだったが、本当の思いはそこじゃなかった。

ぼくは、異性に選んでほしかったのだ。

「この人と一緒にいたい」「この人と一戦交えたい」

そう思ってもらえるのが嬉しくて、お持ち帰りしていた。

 

でも、本当の欲望に気づく前のぼくは、あくまで女の子とのBOY MEETS GIRLで得られる快感に価値を見出していた。

自分の本当の欲望に気づいていなかったために、「あれ?こんなはずじゃ」とギャップを感じていたのである。

 

「異性にモテる自分」が好きとは

異性に選んでもらうことに価値を見出すのは、「異性にモテる自分」が好きだからだ。

異性に求められることで承認欲求を満たしている。

AV監督の二村ヒトシさんが書いた「すべてはモテるためである 」の一文を紹介したい。

あなたや僕が、女性に「モテたい」「ヤリたい」と思うのは、ただ単に性欲のせいだけじゃ、ないですよね。

きっと人間は、他人から「あなたは、そんなにキモチワルくないよ」って、保証してほしいんです。

多くのヤリチン、ビッチは性欲だけで動いているわけじゃない。

その人たちの承認欲求を満たす手段が、たまたま異性と関わりを持つことだったのだ。

 

学生時代にイケてない青春を過ごした人たち

例として、学生時代にイケてない青春を過ごした人間を挙げよう。

彼らが社会に出てからはっちゃけやすい理由は、「人に拒絶された経験」が多すぎて、人に自分の存在を認めてもらうことに慣れてないからだと思う。

人に受け入れてもらうことが嬉しくてしょうがないから、張り切っちゃうのだ。

 

多少痛い目に遭っても、学生時代の「人に拒絶された経験」に比べたら痛くも痒くもない。

拒絶される経験、軽視される経験が辛いことを学生時代にイケてない青春を過ごした人間は知っている。

だから、いつまでも違う相手と似たような恋愛を繰り返し、漂流し続けることになる。

 

学生時代では考えられないくらい、異性と遊んでいる自分が好き。

「異性に認めてもらえる今の自分」が好きで仕方ないから、ヤリチンやビッチはカジュアルラブを繰り返す。

 

心の穴をどう埋めるかは、人それぞれ

先述したように、ヤリチンやビッチが不特定多数の異性と関わりを持つ理由は、性欲だけでなく承認欲求を満たす手段が、たまたま異性と関わりを持つことなのである。

ここまで読んで、ヤリチンやビッチを哀れんだりdisりたくなる人がいるのではないだろうか?

ぼくは一方的にdisれないと思う。

はあちゅうさんの「言葉を使いこなして人生を変える」の一文を紹介したい。

自分で埋められない心の隙間をどう埋めるか、というときにお酒に逃げる人もいれば、ご飯をたくさん食べて吐いちゃう人もいれば、ギャンブルに走る人、お金を使い果たす人、色々なタイプがいて、異性で埋めようとするのも一つの選択肢なんだろうな、と。

(中略)どういう形で心を埋めるかは、その人のクセであって、クセは人それぞれだ。

どういう形で心の穴を埋めるかは人それぞれであり、心の穴を埋める行動という意味で捉えたら、あらゆる行動に優劣はつけられないと思うのだ。

不特定多数の異性で心の穴を埋めることも、その人がまっすぐに生きていくために必要なものだとしたら、強く責める気になれない。

 

おそらくヤリチン、ビッチと呼ばれる人たちは常に満たされてない人が多い。

それは自分でも気づかないような、本当に満たしたい欲望があるのに、その欲望に自力で辿り着くことができていないからだ。

だから、救いを求めてカジュアルラブを繰り返すのだと思う。

 

性欲という言葉で思考停止せずに、その先にある欲望を見つめたい。