「あの頃は良かった」なんて、思い出の住人にはなりたくない

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「あの頃は良かった」

ぼくが絶対言わないようにしている言葉だ。

過去を懐かしむことになんの意味があるのだろうか?

「あの頃は良かった」とは、過去の自分に敗北宣言をしているのと一緒だ。

思い出の住人

思い出補正なんて言葉があるように、月日が流れる数だけ思い出は美化されていく。

だからこそ、思い出に浸る時間は心地良い。

自分がどれだけやってきたかを振り返って、ニヤニヤしたくなるよね。

そうやって、自己肯定感を高めることで前へ進める時もある。

 

でも思い出に浸る分だけ、未来について考える時間は短くなる。

思い出で暮らす時間が長くなればなるほど、思い出の住人となる。

思い出の住人とは過去にすがりつき、未来への思考を停止した存在だ。

過ぎ去った過去をいつまでも大切にして、ずっと同じ場所に居続ける。

 

存在しない「あの頃」にすがりつくのは無意味

大学時代、成人式が終わってから中学時代の友人との同窓会。

ぼくは中学時代との久しぶりの再会を心から楽しみにしていた。

くだらないことで笑い合えたあの頃と同じ楽しさを想像して、期待する。

でも、実際会ってみると全然楽しくない。

エンドレスリピートで繰り返される昔話がつまらなくて苦痛だった。

とにかく刺激がない。自分も登場人物にいるのに、興味が沸かない。

 

当時はそんな自分が冷たい人間に思えて自己嫌悪していたけど、正しかった。

なぜなら「あの頃」にはもう戻れない。存在しないのだから。

「あの頃」の登場人物がいたとしても、その人たちもまたそれぞれの道を歩んでいる。

「あの頃」が成り立つのは「あの頃」の環境があったから。

存在しないものにいつまでもすがりついて何になるのか?

前へ進むのに「あの頃は良かった」という言葉は邪魔でしかない。 

 

思い出の住人は現在を否定する

「あの頃は良かった」という心理は、現状への不満から起こる心理だ。

思い出の住人は今と過去のギャップに悩み、今の自分の置かれた立場を否定する。

今を否定するために、過去を肯定することは最高に後ろ向きの発想だ。

改善することは未来にしかできないのに!

それなら、未来を肯定したほうがよっぽどいい。

過去を懐かしむくらいなら、未来のための努力をしたほうが絶対楽しい。

 

「あの頃は良かった」は伝染する

思い出の住人の厄介なところは、伝染るところだ。

社会人は学生に対して「たくさん遊んでおけ」「学生時代に戻りたい」と口にして、

言われた学生は「社会人とはそういうものなんだ」と鵜呑みにする。

こういった繰り返しが間違った常識を作り、思い出の住人を量産していく。

 

「学生時代に戻りたい」なんて言うのは完全な努力不足だ。

自分を高める意識がないから、思考停止して「社会人はつまらない」と口にする。

つまらないなら、楽しくする方法を考えて行動するだけだ。

新しい趣味を作るでもいいし、散歩に行く、髪型を変える、

ブログを始める、出会い系を始めるでもほんとなんでもいい。

自分の努力不足を「そういうものだから」と思考停止して、後輩に伝染させていくのは罪深い。

 

いつでも「今が一番楽しい!」と言える人間

「あの頃は良かった」を口にしたら最後だ。

なぜならアルテマ並の思考停止させる最強呪文だから。

口にした瞬間に、あの頃を超えられなくなる。

 

ぼくは「あの頃は良かった」と言い続けたまま、一生を終える存在になりたくない。

だから常に前を見て、より良く生きる努力をし続ける。

なにも大したことをしていない過去の自分にすら負けるなんて絶対いやだ。

東京に来た意味がなくなるし、未来の自分に怒られる。

 

ぼくはいつでも「今が一番楽しい!」と自信を持って言える大人でいる。