やうゆイズム

貞操観念が低めなブログ

共依存の恋愛によって、僕は灰となった

スポンサーリンク

共依存とは「他者に必要とされることで、自分の存在意義を見い出すこと」だ。

自分に自信が持てない人が共依存になりやすい。

自己評価が低い、もしくは自己評価ができない人は他人に必要とされることで自分に自信をつけようとする。

恋愛では、この共依存が恋を燃え上がらせる劇薬となる。

しかし制御不可能になって、最後は自分が燃え上がるのがオチ。

 

 

ぼくは共依存によって身を焦がす恋をした。

すでに未練はなくとも、その後のぼくの人生に与えた影響は大きい。

大学時代、同じ学年・学科の女の子と付き合った。

ほとんどの学生が大学の周りに住んでいるため、カップルの同棲率が全国でもトップクラスのハレンチ大学にぼくは通っていた。

例に漏れず、ぼくたちも付き合って3ヶ月後には半同棲状態になり、気づいたら同棲していた。

同棲生活中は、2人だけの世界にいた。

朝から晩までベッドで話したり、気が済むまでセックスしたり、散歩したり、その瞬間が永遠に続くかのようなゆったりした時間を送っていた。

しかし、永遠なんて幻想だ。

本来は年数をかけてお互いの歩調を合わせながら歩んでいくべきところを、幼い大学生カップルは同棲したことによって短い時間で走り切ってしまった。

簡単に言えば、5年かけて作るべきものを1年で作ってしまったのである。

 

急ぎすぎた2人は、互いの欠点を探すようになる。

喧嘩が絶えず、口論と仲直りを繰り返す日々。

向いている方向が少しずつズレていくのに、お互いの歩調を合わせるなんてできるはずがなかった。

「共依存」を自覚しだしたのは、その頃からだった。

ぼくは喧嘩の度に2人だけの世界から出ようとした。

でも、1人になって思う。自分の居場所がないことに。

自分の居場所があるのは、恋人と一緒に作った2人の世界だけだった。

もしかしたら他にも居場所はあったのかもしれない。

自分たちで作った世界、2人しか知らない世界は居心地がいい。

しかし、1人でいるには広すぎた。寂しかった。

だからお互い何回も相手を連れ戻そうとした。

自分の欲求を満たすために、身を削りあって、何回も、何回も。

もはや連れ戻すことに喜びや快感を見出していたのかもしれない。

そして離れられずボロボロになった彼女は他の人の救いと温もりを求めて出て行った。

そしてぼくは灰となった。

 

自己評価の低さが、自分の大切な人を傷つけることがある。

自分の好きな人を自分の寂しさを満たすための手段に使って幸せになれるだろうか?

ぼくはこの経験によって、他人に期待すること、他人に自分の存在意義を委ねることをやめた。

期待をしなくなった分、無駄に落ち込むことがなくなり、自分の足で自分の人生を生きられるようになった。

灰になっても大丈夫、また新しい自分を作ればいいと思う。

 

共依存症 いつも他人に振りまわされる人たち (講談社SOPHIA BOOKS)

共依存症 いつも他人に振りまわされる人たち (講談社SOPHIA BOOKS)